反省会を行わないという選択

仕事に関わるプロジェクトや、ボランティアでのイベント事で活動が一段落した時、活動を振り返るための反省会をすることがあるかと思います。

当時の進行状況や成果についてうまくいったことやそうでなかったことなどをピックアップしてフィードバックし、次回の活動に活かすという点で有意義ですが、ケースによっては必ずしもそうでない場合もあるかもしれません。


人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか例として東日本大震災で日本最大の支援組織「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の代表である西條剛央さんは著書「人を助けるすんごい仕組み」の中で、プロジェクトをまとめあげた秘訣のひとつとして「反省会はしない」とおっしゃっています。

「ふんばろう」では「反省会」はやらないようにしている。

終わったあとに反省会をすることを前提としている時点で、一戦必勝の構えとはほど遠いし、何より反省会は、自分たちの足りなかったことにフォーカスを当てることになるため、気持ちだけで動いている人のエネルギーを奪うというボランティア組織にとっては致命的というべき欠点を持っているためである。

(中略)「さらによりよいものにしていこう」という気持ちさえ湧いてくれば、おのずと改善はされていくものなのである。

そのため、「ふんばろう」で行われているミーティングは、いわば「改善プロジェクトミーティング」と言うべき未来を志向した建設的な場にほかならないと言えよう。

つまり反省会とは、当該の活動が終わったあと(主に)ネガティブなポイントについてピックアップするという行為において、その活動が参加者の自主的な行動の動機づけや前向きな姿勢に対して適切ではないと考えることもできます。

もちろん課題をピックアップすることは重要ですし、同じ間違いを繰り返さないために必要なことですが、仮に揚げ足を取るような形になったり、過ちを執拗にあげつらって指摘することなどは全く生産的でないと感じます。

こと仕事のプロジェクトならまだしも、ボランティアという形で活動に関わる場合は特に問題です。それはドラッカーの以下の一節でも暗に示されています。

動機づけ、特に知識労働者の動機づけは、ボランティアの動機づけと同じである。

ボランティアは、まさに報酬を手にしないがゆえに、仕事そのものから満足を得なければならない。

金銭的な報酬を求めるのではなく、その活動自体に価値を感じて参加し行動するのがボランティアであるとするならば、その参加意欲の源であるモチベーションを削ぐような反省会やその類のことはあってはならないと考えられます。

ちなみに上の西條さんは、『みんなで「いろいろ大変だったけどやってよかったね」と健闘を称え合い、ねぎらい、愉しくすごす「懇親会」』なら良いと指摘されています。いずれにせよ活動自体に動機づけされているものについては、参加者のモチベーション維持について特に気をつけるべきところなのかもしれませんね。

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