武士道 いま、拠って立つべき”日本の精神”

武士道 (PHP文庫)成田18回目のレビューです。今回も今までとは違うジャンルの本をレビューです。旧五千円札でおなじみの、新渡戸稲造氏が書いた「武士道」になります。

なぜこの本を選んだかと言いますと、2年ほど前マクドナルドで外人の方がこの本を読んでいるのを見て「外国の方が見るくらいの本だから、きっと何かすごい魅力があるに違いない」と思い、レビューに至りました。

本書を買ってから気づいたのですが、なんとアメリカから英文で発刊されたものが最初だそうです。その後日本語訳されたという、なんとも不思議な本なのです。(もちろん新渡戸氏が書きました)

そして、最初に発行された年がなんと1899(明治32年)。今から100年以上も前の本なのです。この本を買った時は平積みだったので、まさかそんなに昔の本だとは思いもしませんでした。

前振りが長くなりましたが、レビューにうつりますね。

武士関係の本は今回久々に読んだのですが(小学生の時に「お~い竜馬」を読んだとき以来)、本書1冊を読んだだけで「武士」のなんたるかを学べた気がしました。

武士道が目指した「知行合一」(知識と行動を一致させること)の思想。義、勇、仁、礼、誠など、「武士」としての在り方。果ては武家の女性の在り方も書かれていました。

その中でもひときわ私の興味を引いたのは、「武士に二言がない理由」でした。この部分の「武士の約束に証文はいらない」について引用します。

嘘をついたり、ごまかしたりすることは、卑怯者とみなされた。武士は支配者階級にだけに、誠であるかどうかの基準を、商人や農民よりも厳しく求められた。「武士の一言」すなわちサムライの言葉は、ドイツ語の「リッターヴォルト」に当たるが、それはその言葉が真実であることを保証した。

それほどの重みをもった言葉であるだけに、武士の約束は通常、証文なしに決められ、実行された。むしろ証文を書くことは武士の面子が汚されることことであった。

「二言」、つまり嘘をついたという二枚舌のために、死をもってあがなった壮絶な逸話が日本では多く語られている。

証文・・・今でいう契約書でしょうか。それがいらないほど、「武士の一言」は重みがあったのですね。

今でも「武士道」を発端とした言葉が現代社会に生きています。先ほど紹介した「武士に二言はない」の他に、「敵に塩を送る」、そして正義と義理の意味を持つ、「義理」などが挙げられます。皆さんも一度は使ったことがあるのではないでしょうか。

私たちの中に生き続ける「武士」、「サムライ」。映画の「七人の侍」「ラストサムライ」に代表されるように、今もなお私たちに語りかけてくる気がします。

刀こそ持たなくなった(持てなくなった)私達日本人ですが、その「武士」の精神だけは心の中にしまっておきたいと思わせるような一冊でした。

いい本に時代は関係ないと感じました。

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