哲学的な何か、あと科学とか【読書レビュー】

哲学的な何か、あと科学とか
安藤です。みなさんはこの宇宙のすべてを説明できる理論がただひとつ存在すると思いますか?私は小さいころ読んだ理科年鑑の宇宙や素粒子の記事に心を踊らせ、研究が進めばいつかすべてがわかる日がくると思っていました。古代から近代に至るまで、哲学者や科学者はそれが存在すると信じていました。しかし研究すればするほどそれが不可能なことがわかってきたのです。

その理由の一つは、「完全な理論は存在しない」ということです。一般的に数学的に証明されたものは正しいとされていますが、「どんな矛盾の無い理論でも、その理論自体が正しいことを数学的に証明できない」ということをゲーテルが「数学的に」証明してしまったのです。簡単に言うと「私は正直者である」という命題を証明できないことと一緒です。(詳しくは本書で…)

今回紹介する本は、哲学と科学という一見相いれなそうな2つのテーマについて書かれていますが、中身は哲学と科学が絡み合いながら展開していきます。量子力学というミクロの世界での物質の振る舞いを研究する学問があります。量子力学の解釈のひとつにコペンハーゲン解釈というものがあります。「物質は観測されるまでは波のような存在であり、観測されると粒子になる」という解釈(これも非常に興味深い話ですが詳しくは本書で…またはこの動画も分かりやすいです。)ですが、他にも「多世界解釈」、「パイロット解釈」等が存在し、どれも同じ現象を矛盾なく説明することができます。しかし現代の科学ではどの解釈が正しいのか判定することができないので、計算が簡単という理由で(内容が常識では理解し難いにもかかわらず)「コペンハーゲン解釈」が支持されています。現代の科学は、世界の本当の姿を解明することを諦め、より便利な方法をという論点で研究されています。少し寂しい感じもしますね。ところで科学なのに一つの現象に対して複数の解釈が存在するなんて哲学的ではないでしょうか?

さて、本書の後半ではさまざまな思考実験について書かれています。その中でも、本書を読むきっかけとなった脳梁切断治療についての思考実験について触れたいと思います。最近問題になっている「てんかん」ですが、1960年ごろてんかんの治療として左右の脳をつなぐ脳梁を切断する手術が行われたそうです。その手術を受けた患者はてんかんの発作がなくなり、日常生活に支障なく生活できました。しかし、ある実験によりこの手術の問題が発覚します。その実験とは、「左右の脳のうち、一方の脳にだけ文字を見せて、それを言葉で話してもらったり、手で取ってもらう」というものです。右目に「コップ」という文字を見せた被験者は、左手で手探りでコップを探し出せるのに(左右の脳は体の逆側を支配している。右脳は左半身)、「何をつかんでいますか?」と聞かれると「わかりません」と答える(言語を司るのは左脳、左脳が支配する右手はなにもつかんでいない)という事態が起きるのです。(左目に文字を見せた場合は本書で…)

ここで突然魂という言葉を使いますが、意識と言い換えてもいいです。もし魂が存在するなら、左右の脳が分断された状態ではどちらに存在するのでしょうか?(上記の実験から両方にまたがって存在し得ないことがわかります。)別の質問をすると、突然南斗水鳥拳の使い手に真っ二つにされたとします。そして瞬間冷凍され、片方は東京に、片方はニューヨークに運ばれます。そして解凍されたとき、この私の「魂」はどちらに存在するのでしょうか?東京タワーを見ているでしょうか?それとも自由の女神を見ているでしょうか?考えれば考えるほど面白いですね。

最後に、本書の帯の煽りを抜粋します。

はっきり言って、哲学はたいへん恐ろしいものである。(中略)哲学が恐ろしいのは、それがあまりにも「面白すぎる」ところだ、その面白さは、まさに中毒的である。

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