聴覚障害について考えさせられる、意外で様々な問題

青森県立青森聾学校以前から視覚障害者向けiPad講習会などアクセシビリティに関係した活動を個人的に色々やってみているのですが、去年の後半から聴覚障害に関係した事業に関わらせていただくことがあって、当事者や関係者の方(青森県ろうあ協会様や青森県立青森聾学校さん等)に会ってお話を聞いたり調べを進めたりしています。

色々知るにつれ、当初自分が想定していたより聴覚障害に関する事情や問題についてはずっと広くて深いものがあると日々感じるようになりました。ことWebに関わっている身からすると、主に視覚を使ってWebを利用するのに様々な問題をはらむ視覚障害者へ意識が向きがちです。逆にいうと「目の見える聴覚障害者の人はWeb利用だけでなく、一般生活においても視覚障害者や他の障害者よりも比較的負担や困ることは少ないのではないか」と思ってしまう面もあるかと思います。しかし実際は聴覚障害者にとって聴者が多数派の世の中において、かなりの問題や悩みを抱えていることが分かってきました。

外見上の気づかれなさ

まず、聴覚障害者は外見上の特徴が現れにくいことから、聴覚に障害があると周囲から気付かれない場合があります。災害があっても電話や掛け声をかけられても反応ができませんし、例えば避難所に避難した際でも様々な呼びかけに対し音声での認識が難しいため、意図せず孤立してしまうこともあるそうです。

コミュニケーションの深刻な問題

特にコミュニケーションの面で聴覚障害者の方は阻害されやすい傾向にあるとも言えます。コミュニケーションの手段として手話や口話(相手の唇の動きを読み取る)、筆談などがありますが、聴者同士が会話でやり取りをするようにスムーズにいかなかったり、時間がかかったり、思ったように意図が通じなかったりする場合があるそうです。それが仕事や取引先とのやり取りとなった場合に聴者がそのことを理解できていないと、聴覚障害者とやり取りをするのが手間で面倒になったり、うまく交渉ができず問題になったりすることもあるそうです。

コミュニケーションというと最近はメールやSkypeなどのテレビ電話機能が使えることでだいぶ良くなった面もあるそうですが、通信手段が電話しかなかった頃は完全に阻害された状態。FAXはそれなりに便利に使えたそうですが、相手が受信したかどうかを確認することができず、相手からもう一手間レスポンスを返してもらう必要があるなど、まだ不便さも残るようです。メールも同様なので、重要なメールのやり取りの場合は受信したことを知らせるためにあえて返信するということもあるそうです。

特に驚いたのは、昔の聴覚障害者への教育では手話や指文字すら禁止されていたことがあるということです。聴者が多数を占める一般社会に適応するため、無理に発音の練習をさせられたということもあるそうですが、聴覚障害者は自分の発音が正しいかどうかを聞き取れないため、とても辛い思いをされることもあったそうです。

こうしたある意味「聴者偏重」に見える世間に対して、聴覚障害者からは「聴者に迫害されている」という意識を持たれる当事者の方もいらっしゃるそうです。

手話は一つの言語

また、「手話は一つの言語」ということについても色々話を聞いたり調べたりするうちに少しずつ分かってきました。つまり日本語と日本語手話は「別々の言語」であるため、聴覚障害者が日本語を理解するには「翻訳」という過程が必要になります。この翻訳の部分にはまた様々な問題があるようで、これについてはまた詳しく調べてみたいと思います。

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