新聞休刊日が嬉しく感じるとき

新聞のイメージ

今日は新聞の休刊日です。

朝の日課として新聞に目を通すことにしてます。

なんかすごい昭和お父さんのステレオタイプを自分で想像してしまうんですが、バサッと紙面を広げて読むというような体ではなく、タブレットのアプリで読んでいます。

休刊日はそんな朝の日課がなくなる一日の始まり。ペースが乱れて不安を感じると思いきや、どちらかというと「読む新聞がないー。自動で日課消化〜」と、正直ちょっと安心してしまう面もあったりします。

新聞だけでなくいろいろな情報に接する機会が多いせいか、ふだん情報過多に溺れ気味なんじゃないかと自嘲気味に思ったりもするわけで。

日課にしているとはいえ気持ち的には複雑に感じるところもあり、自分でもなかなか捉え方が難しいなーと思う日です。

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