口述はジャーナリングになるのか

以前ジャーナリングについてブログにも書きましたが、これについて1つ思いついたことがあったのでメモがてら書きます。ジャーナリングは手書きで思いのままに書き綴ることで、書く瞑想とも呼ばれています。

前に試してみたことがありますが、確かに書くことで気持ちの整理につながったり、いつもとは違う時間の流れの中に身をおけるような気がするので、個人的には折を見てジャーナリングをやっていきたいと思っています。

一方で、視覚に障害のある方など、自分で紙に文字を書くのが難しいと言う方の場合は、ジャーナリングは難しいのだろうかとふと思いました。

しかし、また同時に思いついたのが、口述でジャーナリングをすると言うのはどうなんだろう?ということです。

手書きでの瞑想とはまた違う感じになるのかもしれませんが、自分が思いついたことを思いのまま話してみることもまた、1つのジャーナリングになるのではないかと思ったりもします。

文字を書くと言う事はいろいろな方法で行うことができます。ペンを手に取って紙をノートに書くと言うのも1つの方法でしょうし、パソコンに向かってキーボードを叩いて文字を綴ると言うことも1つの方法です。

口述もまた文字を綴ると言う1つの方法ではあると思います。実際この文章もiPhoneのメモアプリを開いて音声入力で自分が話している言葉を文字に起こしています。こんな形で思いのままに語ってみる、そしてそれを文字に変換して残し、折を見て振り返ってみるなどという使い方もアリなのかもしれません。

実際音声入力で文字を書くのを少しずつ試していますが、キーボードをタイピングして文字を書くのに比べて、かなり楽にたくさんの文章を書くことができます。

たまに誤字脱字もありますが、丁寧に話せばかなりの精度でそのまま使える文章になりますし、ちょっとした間違いであれば直すのもそんなに億劫にならないので、重宝しています。

ただ1人でひたすら話をしてみるということが、書く瞑想としてのジャーナリングになるかどうかは素人なので分かりませんが、試してみる価値はあるのではと思っています。

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