阪神・淡路大震災から25年。生き残ったのではなく生き残された
1995年の阪神・淡路大震災から25年が経ちました。
このブログでもこの日のたびに書いていたかもしれませんが、当時自分は中学生で実家の岡山にいました。被災地の神戸がある兵庫県の隣です。
明け方に起こった突然の大きな揺れに「これは終わったかも」とまだ目の覚めきらない頭の中で思ったことをよく覚えています。
東日本大震災があった時は岡山ではなく青森にいました。二度の大きな地震の近くにいながら、今も元気に過ごせています。
「地震から生き残ったのではなく、生き残された」ことには何か意味があったのかもと思います。あとの時間を大切に、できることをと思います。
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